ドライビング再考(最高)

 筆者のハンコンに初めて円型のステアリングが装着された。これまでT300RSと同時に購入したF1型のステアリング「Ferrari Wheel」を使用し、F1の世界にどっぷりハマっていたが、「iRacing」と「アセットコルサ コンペティツィオーネ」にはそれだけの魅力がある。
この二つのタイトルは全く別のベクトルを持つ。アメリカを象徴するオーバルを舞台に争われるインディーカーから、ロードカー、バギーまで、幅広いレースシーンをとりあげる iRacing。このレースシムはセーフティー・レーティング(SR)によってドライバーのスキルとモラルをうまく数値化し、シミュレーターとしての品格を一段高いところに押し上げている。レース中の緊張感は他のシムの追随を許さない。一方、アセットコルサ コンペティツィオーネは最新のグラフィックエンジンで描写されるコースとマシンの美しさに加え、マシンの内外で起こるさまざまな目には見えない動きを実に巧みに「音」に落とし込んでいる。ビジュアル、サウンド、そして緻密に計算されたフォースフィードが三位一体となり出される臨場感は、プレイヤーをブランパンの世界に一瞬で誘うのだ。
 この筆者を惹きつけて止まないシムは、それぞれに味付けは異なるものの一つの共通項を持つ。それはドライビングのリアリズムだ。レーシングゲームには、そのゲーム内の物理法則=プログラムが存在し、そのアルゴリズムを見つけたものが最速の座を手にすることが少なくない。たとえば筆者がこよなく愛するF1シリーズでは、とんでもない非常識なセッティングが最速タイムを叩き出すと話題になったことがある。ゲームのリアリティを損ない、楽しみを奪われまいと筆者はその話題には耳を塞いだままであり、現在ゲーム内でどうなっているのかは知らない。ゲームである以上プログラムの呪縛からは逃れられないが、我々が息をするこの世界も、全ては「物理」というプログラミング言語の上に構築されている。iRacingとアセットコルサ コンペティツィオーネは、どうやらこの「物理」という言語で書かれたプログラムらしいと筆者には思えるのだ。なぜなら速く走るためには、バグのようなセッティングを見つけるのではなく、マシンの挙動を正確に理解し、操作するスキルを必要とするからだ。

ドライビング・スキルとは。

 ドライビングの基本は言うまでもなく、「動く(加速する)」「止める」「曲がる」である。この三つ以外の要素は存在しない。アクセルを踏んでマシンを前に進め続ける。そしてコーナーに差し掛かるとブレーキを踏んで車速を落とし、ハンドルをきってマシンを曲げる。ハンドルを元に戻しながらアクセルを踏み込みマシンを再び前へと進める。これの繰り返しである。コーナーの大きさとマシンの性能によって、これらの操作を行う時間と量が決まるのである。
 この「動く」「止める」「曲がる」は物理法則の住人である。マシンは動くための力をエンジンで作り出す。その力はタイヤを通して地面に伝えられ「前に進む運動」に変換される。マシンが静止状態を保っていられるのも摩擦のおかげなら、動き出すのもやはり摩擦のおかげである。タイヤと地面との間に摩擦が発生しないならタイヤは空転するばかりで「前進」の力を得られない。そしてマシンがさらに加速するためにもタイヤと路面は常にネゴシエートしなくてはならない。大きなウイングは両者の仲介をしているのだ。コーナーに差し掛かるとブレーキを踏んで車速を落とす。車速があるとハンドルを一生懸命きっても、「曲がる=横向きの力」は「直進成分=縦向きの力」にかき消されてしまう。無理にタイヤを曲げようとしたところで、タイヤと路面との間に発生する曲がるための大切な摩擦は、直進する動きを止めることができずタイヤをすり減らすだけとなる。曲がっているタイヤは、曲がった角度のまま無力に直進するばかりである。

コーナリングで起こること

コーナーへの進入

最速タイムを競うレースでは、直進する力をいかにロスなくコントロールするかが鍵である。曲がるためにその力を減じなくてはならないのなら、それはできるだけ最小に止めたい。そこでタイヤと路面が摩擦し、「曲がる」動きを作り出せるギリギリの速度まで減速するのがベストである。このときもう一つの力を忘れてはいけない。それは慣性力である。直進するマシンにブレーキをかけるとマシンはそれまでしていた運動を続けようとする。これが慣性だ。車体は前のめりになり荷重が前輪へと移動する。直進を続けようとする慣性力は「曲がる」運動に対してはネガティブな存在であるはずだが実際は少々異なる。ブレーキをかけると慣性力が発生し車の前方へと力が移動する。フロント部分は沈み込みリアは伸び上がる。フロントに移動した重量はそのまま前輪にのしかかり、タイヤを地面へと押しつける。押しつける力はそのまま摩擦力に加算される。つまりブレーキを踏んで速度を落とすもう一つの理由は、この荷重のコントロールにあるのだ。速度を落とすと同時に前輪に荷重を移動させ、曲がるための摩擦を得るのである。摩擦が適切にはたらけばそれだけマシンは曲がりやすくなるのだ。適切に荷重移動がおこなわれれば、マシンが減じる速度は少なくて済むのである。そして旋回している間はつねに前輪は路面とネゴシエートしている。しかしその反面後輪からは荷重が抜けている。つまりブレーキで荷重を前に残したままでいつまでも旋回していると、直進成分を生み出す後輪は不安定なままでありアクセルを踏み込むのが躊躇われる。もしマシンが一枚の板なら、この荷重の変化がもたらす挙動は、より極端なものになるだろう。しかしながら実際は前輪と後輪とシャシーの間にはサスペンションと呼ばれるパーツが取り付けられており、荷重移動の際の前輪と後輪にかかる力の冗長性を担保しているのだ。前に荷重がかかるとその反動が後ろへ伝わる。揺れ戻しのような運動が繰り返されることになる。それをいかに早く収束させるかもマシンを安定して走らせる重要なファクターである。

コーナーからの脱出

 コーナーを抜ける時にはどのような力が働くのだろうか。旋回中はできるだけ前輪に荷重を残すのが理想と書いた。しかし荷重が抜けた後輪は不安定すぎて加速に迎えない。旋回に必要なだけの力を得ることができれば、さっさと後輪に譲り渡す方が良い。加速すると体はシートに押し付けられる。市販車でこの経験を得るの難しいだろう。わかったように書いている筆者も、かつて重量配分50/50を売りにするスポーツセダンを所有していたが、そこまでの経験をしたことはほとんどない。それではわずかながらにシートに押し付けられる感覚を感じることができた。つまり加速時には荷重は後ろへ移動し、制動時とは逆に後輪に力がかかっていく。それは同時に前輪への荷重が一気に抜けることを意味するのだ。だから加速時に中途半端にハンドルを切った状態のまま加速するタイミングが早いとマシンは巻き込むようにスピン状態に陥るのである。アセットコルサ コンペティツィオーネで筆者がよくやる失敗である。ハンドルはしっかりと戻してから加速する方がいい。

ドライビング・スキルの出発点

分かったようなことを書いているが、私が実際に研究したテーマはもう少し奥が深い。直進、止める、曲がるの三つの要素と書いたものの、走行中のマシンは単純にこの3つの局面に切り分けられるものでもない。直進しながら曲がっていることもあれば、止まりながら曲がることもある。それぞれの要素が重なり合う曲面が必ずある。しかし初心者である筆者は、まずはこの3つの局面に走りを切り分けて練習をしている。ここは曲がる動作をする場面、ここは加速する場面と言った具合だ。もちろんこれが最速の走り方ではないことを理解している。それでもこの基本の動きを忠実に実行でき、そしてその次の起こるマシンの動きを正確に予測して意図的にドライビングする練習に十分な時間をかける価値があると考えている。何を得たいのか。速く走ったという結果ではない。速く走るための理論と技術を獲得したいのだ。これが獲得できればコースを覚えるのも楽になるだろう。もちろん、次のステージはそれぞれの局面をわざと重複させながら、シームレスに運動させることだと考えている。現実はにコースは覚えなくてはならないし、他車の動きも見なけりゃならないし、何よりコースアウトしてSRを下げたくはないし、といった目的や課題がそこには存在する。最速はもちろんプライオリティの高い目的だが、この二つのシムの楽しみはそれだけではない。運動のリアリズムを突き詰めながら同時に、他のドライバーとのフェアなレースを楽しませてくれる。五感を刺激しながらその世界への没入感を高めてくれる。これらの要素があって、それをより享受するためにドライビング・スキルを磨きたいとも思えるのである。そしてこの二つのレーシングシミュには、それらが存在するのである。

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